2012−19年に撮影された山間部の教員250人の顔写真。彼らは広西チワン族自治区の天等県、大新県、全州県、灌陽県、都安ヤオ族自治県、大化ヤオ族自治県、龍勝各族自治県、三江トン族自治県、融水ミャオ族自治県、富川ヤオ族自治県、金秀ヤオ族自治県の山間部教育エリアの教員だ。

静かな朝、彼らは山にこだまする朗読の声を待つ。燦然と輝く星の下、彼らは呢喃山の七色の夢を待つ。

彼らは山間部の教員で、山間部の未来と希望を守っている。教員としての初心を忘れず、自分の持ち場を守り続けている。

記者は2012年より広西チワン族自治区各地の山間部を取材し、カメラによって山間部の教員250人以上の仕事と生活、苦楽、貢献と収穫を記録した。彼らが働く学校は過疎地にあり、交通の便が悪く、情報が途絶え、条件も劣る。ところが教員としての理想と信念の種を山奥に埋めたその時から、彼らは寂しく痩せてはいるが希望に満ち溢れる土地を深く愛している。

彼らは教育者としての重責を担うばかりか、生徒の給食を作り、昼寝をさせなければならない。彼らは教員であり、料理人でもある。さらには一部の生徒の保護者としての責任を担わなければならない。

彼らは毎年このようにして生徒を山から送り出している。ところが彼らは山に残ることを選択し、中国の教育に不可欠な現場の最前線を守り続けている。

広西チワン族自治区都安ヤオ族自治県菁盛郷義徳小学校の弄豆教育エリアで、教員の藍啓飛さんと生徒の藍孟源さんが共に昼食をとった(2015年4月15日撮影)。藍啓飛さんは当時、同校の唯一の教師で、藍孟源さんは唯一の生徒だった。

広西チワン族自治区龍勝各族自治県龍脊鎮江柳村で、翁江教育エリアの教員の余啓貴さんが生徒とともに通学した(2013年2月26日撮影)。

広西チワン族自治区東蘭県三石鎮泗爺小学校で、教員の黄英雄さんが休み時間に生徒と卓球を楽しんだ(2014年9月10日撮影)。

広西チワン族自治区灌陽県洞井ヤオ族郷で、桂平岩小学校の教員の趙仁斌さん(前)が電動自転車で教員の楊大傑さんを学校に送った(2016年3月24日撮影)。楊さんは2015年3月に大腿骨頭の壊死と診断された。一定期間の治療により病状がやや和らぎ、病を押して教育を続けている。

広西チワン族自治区上林県西燕鎮大龍洞村大龍洞小学校の刁望教育エリアで、教員の石蘭松さんが配膳を行った(2013年5月7日撮影)。

広西チワン族自治区東蘭県三石鎮泗爺小学校で、教員の黄英雄さんが生徒に昼寝をさせた(2014年9月10日撮影)。

広西チワン族自治区天等県進結鎮愛楽村龍坡屯で、龍坡教育エリアの教員の黄明科さんが付近の農家から水を運び、学校で生徒に給食を作った(2015年9月10日撮影)。

広西チワン族自治区灌陽県洞井ヤオ族郷で、野猪殿村小学校の教員の周運雄さんが生徒の給食の食材を購入し、学校に戻った(2016年3月23日撮影)。

広西チワン族自治区灌陽県洞井ヤオ族郷野猪殿村で、野猪殿村小学校の教員の周運雄さんが午後の授業を終え、生徒を背負いながら水に埋もれた道を通過し帰宅した(2016年3月22日撮影)。

広西チワン族自治区天等県進遠郷進遠進村の龍含教育エリアで、教員の農志鵬さんが生徒に下校中の安全注意事項を告げた(2017年9月7日撮影)。

広西チワン族自治区都安ヤオ族自治県龍湾郷琴棋小学校で、教員の黄若珍さん(右)が生徒と国旗掲揚の準備をした(2017年8月31日撮影)。

広西チワン族自治区富川ヤオ属自治県湖広小学校で、教員と生徒が休み時間にゲームを楽しんだ(3月20日撮影)。湖広小学校は湖南省・広西チワン族自治区の境界に位置する学校で、生徒の半分は湖南省出身、残りの半分は広西チワン族自治区出身だ。教員2人のうち1人が湖南省出身、もう1人が広西チワン族自治区出身だ。

広西チワン族自治区全州県白宝郷北山村小学校で、教員の唐広芳さんが体育の授業を行った(2016年4月26日撮影)。

広西チワン族自治区凌雲県下甲鎮河洲村念恩小学校で、教員の阮文凭さんが車椅子に乗り授業を行った(3月26日撮影)。

2012−19年に撮影された、広西チワン族自治区の山間部の教員210人が手書きした「為人師表」。

広西チワン族自治区凌雲県下甲鎮河洲村念恩小学校で、教員の阮文凭さんが放課後、生徒に助けられ車椅子で教室を出た(3月26日撮影)。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2019年9月11日